歩み Vol 1


前へ               ⇔               次へ

目次

No20 食 中 毒 02/07/14
No19 頼りになる助っ人 02/07/07
No18 現王 02/06/30
No17 500人突破 02/06/23
No16 まいづる 02/06/16
No15 20分の1 02/06/9
No14 御牧先生の墓を訪ねて 02/06/2
No13 寂しさ 02/05/26
No12 思い出 4-5 02/05/19
No11 思い出 2,3 02/05/12
No10 思い出 02/05/05

Vol 0 (02/03/10-02/04/28)
** 9 こぼれ日 ** 8 大発見 ** 7 土   ** 6 忘れていました ** 5 ひょうきんたろ登場 ** 4 春の日 ** 3 田植えだ ** 2 大失敗 ** 1 masa&kazu初参加

本文

No20 食 中 毒 02/07/14

看護婦さんが、天使に見えたことが、ありますか
体は、丈夫なほうでは、ありません
でも、さして大きな病気は、ありませんでした
骨を折って入院は、したことがありますが
ところが、先日食あたりを起こしてしまいました
仕事の都合で、無理して出勤しました
でも、頭まで痛くなり午後から病院へ
看護婦さんに言われて、体温を計ると39度
朝から下痢が続いていると説明すると
順番を飛ばしてベットへ寝せてくれました
そして何を食べたか聞きます
それが、男の浅はかさ
昨日何を食べたか思い出せません。(私だけかな)
いかに毎日無関心に口に物をいれているか考えさせられました
そして点滴なるものを受けました
ローラの付いた棒の上にビニールの袋をぶら下げます
そこからチューブで体につなぎます
途中にタンクのようなところがあり、液体が、ぽたぽた落ちています
最初と、最後の針の抜き差しのときすこしちくっとしました
あとは、ほとんど何も感じません
液体が、どんどん自分の体に入っていくのは、不思議な感じです
そして、何か薬が、入っていたのでしょう
立つとふらふらします
レントゲンを取るのにも車椅子で運んでもらうしまつ
何から何まで看護婦さんが、手伝ってくれます
こんなに大切にされたのは、子供ころ以来あったでしょうか
本当に看護婦さんが、天使に見えました
年を取ったらこうなるのか、などと寂しく思いながら感謝しました
身体実験をして良い経験をさせてもらったわけです
しかし食事には気を付けましょう
年のせいか治りも遅いようです
そう言う訳で今回は、余りアップできていません
すみません
寝込んでいる間にメールが、きていました
現王について調べてくれたようです
次回には、乗せれるかもしれません

No19 頼りになる助っ人 02/07/07


知っていましたか
このホームページには沢山の助っ人がいます
内容を幅広く、そしてより深くしてくれています
今回は、二人も投稿を寄せてくれました
嬉しいですね
ATU君とひょうきんぼさんです

ATU君は、温泉シリーズです
もう6回目になります
ますます筆がさえているようです
毎日の話題には欠かせないですね

ひょうきんぼさんは、3回目です
いつも大作を送ってくれます
前回は歴史物でした
今回は、一ッ瀬川です
政策物と言うべきでしょうか
過去を振り返っての提案もあるようです
いつも考えさせられる文章を送ってくれます
今回も大きいので分割して載せていきます

ぜひ見てくださいね
そして二人に応援をお願いします
掲示板の方に寄せてもらえるとうれしいです

No18 現王 02/06/30


覚えていますか
「現王」
子供のころ変な名前だなと思っていました
佐小の北側の地域です(ニュースの地図参照)
今は、なぜか一部は、西都市になっています
変だと思いませんか。王の現れるところなんて名前
ところが、まんざら由来がないわけでは、ないようです
「まいづる17号」の三好氏の文章を読みました
実は、神武天皇の生まれたところらしいのです
事実かどうかはわかりません
でも長く信じられてきたことは、確かのようです
御石様等々の沢山の伝承が残っているそうです
そして、江戸時代は、徳川の直轄領だったそうです
つまり佐土原藩の領地では、なかったということです
神武天皇の生まれたところだからでしょう
すごいですね。知っていましたか
宮崎神宮は、ここに造るべきだと思いませんか
それに、古事記にも出てくるらしいのです
信じられますか
すごいところなのですね。佐土原は
時間を作って現王を探検してみたいと思います
そのときは、レポートします

No17 500人突破 02/06/23


やったね!日本のワールドカップ決勝ラウンド進出
単純に日本が勝つと嬉しいですね
ところで、誰だったのでしょう。500人目は。
masa&kazuさんが、掲示板に投稿してくれています
(ありがとうございます)masaさんだったのでしょうか
名乗りをあげてもらえるとうれしいです
正直なところ嬉しいです
でも、先週約束した「まいづる」の研究が進んでいません
それで、嬉しさ半分といったところです
やはり難しいです
今回は、今の地図を載せました
追手、鴫(しぎ)ノ口、野久尾は、城の門の名前だったのですね
また、現王は、歴史的に重要な土地らしいです
まだ拾い読みの状態です
なかなか時間がとれません
でも佐土原のために頑張るつもりです
皆さんには、面白くないかもしれません
しかし、しばらく付き合って応援してもらえるとうれしです


ササ船を
溝の流れに
そっと乗せ
共に走った
溝の両脇

No16 まいづる 02/06/16


「まいづる」と聞いて何を思い出しますか
佐小子なら校歌でしょうか
この言葉は縁起が良いのか何度か聞いたことがあります
特に宮崎で良くお目にかかります
佐土原城の名前だったそうです
そのせいでしょうか
ところで、同じ言葉で覚えなければならないものがひとつ増えました
何だと思いますか
フフフ・・・発表するのが、もったいないです
図書館で発見しました
佐土原郷土史同好会というのがあるそうです
その年刊誌が「まいづる」なのです
いま18号まででています
我々には、良き先輩諸氏が、いたのですね
良く調べてあります。それにわかりやすく書いてあります
それでもまだ私には、漢字が多すぎて難解です
でも少しずつでも読破して紹介したいとおもっています
応援してくださいね

砂浜に
一人たずねて
振り向けば
寂しく続く
我が足跡よ


自転車の
中学坂の
苦しさよ
今日は車で
味気なきかな

No15 20分の1 02/06/9


早いものですね
もう半年になります
やっと目標の20分の1になりました
何だと思いますか
そう、このページを始めてからです
何度かやめようと思ったこともあります
サッカーのワールドカップも見たいですしね
本当に世界の一流どころは、すごいですね
魔法のようにパスがつながります
こんな時期にページの修正をしてるのは、非国民でしょうか
でも、一度休むと続けられないようなきがします
それで、今回も少しですですが、アップします
寂しさ 2

藁積みの
上で遊べぬ
今の子は
哀しからずや
その香をしらず


砂利道を
探せどあらじ
ふるさとの
昔をしのぶ
夏の夕暮れ

No14 御牧先生の墓を訪ねて 02/06/2


山越えて
視野に広がる
我が町は
かくも変われり
我知らぬ間に


寂びしきは
行く末案じ
山の上
木々に埋もれし
我が先達よ


ウウーン困った・・・・わかりません
今週は、この問題が、頭にこびりついて困っています
何だと思いますか
そう、ひょうきんぼさんの質問です
この問題を解ける人は、いますか
いたら教えてください
問題が、わからない方は、掲示板の方を覗いてくださいね
この問題を考えすぎたせいか風邪を引いてしましました
なさけないですね
私の記憶では、名前を縮める時につかっていました。
「よだきんぼ」のぼも同じです
チャンやクンと同じようにつかっていたと思います

No13 寂しさ 02/05/26


来てみれば
昔泳げし
河原は
アシの山にぞ
なりにけるかな


かなしきは
セメント溝に
小魚の
姿は見えぬ
春の夕暮れ


もう掲示板を覗いてみましたか ??
割と書きこみが、されていてびっくりしました
このぺ-ジへの励ましの言葉もあるようです
本当にありがとうございます
とくに、ひょうきんぼさんには、感謝しています
話の盛り上げに頑張ってもらっているようです
これからも纏め役をよろしくお願いします
才いたらず、大変ですが、私も頑張るつもりです
これからも、よろしく !!

No12 思い出 4-5 02/05/19


片隅に
おかれしタライ
船にして
溝で遊べし
時もありしに


キュキュと
靴する音に
素足にて
白球追いし
時を思えり

地元で頑張っているSN君からメールをもらいました
近くにいてもなかなか合えません
このホームページをつくってよかったと思えるのは、こんな時です
また昔のような友達の輪を作くりたいものです

No11 思い出 2,3 02/05/12


電柱の
声を聞かんと
ほほつけて
ともに笑いし
友は、いずこに


砂山に
石のトラック
走らせて
トンネル堀し
時は、かえらず


ATU君からメールが、届きました。
都於郡城址に行ってきたそうです。
タイムリーですね。
都於郡城は、佐土原城の前の居城だと聞いています。
詳しい話が、聞けるといいですね。
それでは、また。良い連休を

No10 思い出 02/05/05

ふりむきし
きみがひとみに
石段を
かけて登りし
中学の春

ひょうきんぼさんからメールが、届きました。
佐土原小学校の創始者にまつわる政変の話です。
そのうちに乗せたいと思っています。
今回は、佐土原城について話したいと思います。
佐土原が、もっとも、栄えたのは、いつ頃だと思いますか。
宮崎の、物流の中心としてにぎわったそうです。
身近なのは、島津氏の時代ですよね。
でも、江戸時代は、3万石足らずしかありませんでした。
本家の薩摩藩にしばしば助けられていたそうです。
しかし16世紀ごろには、ほぼ日向全域を統治していたそうです。
佐土原の町は、そのころに形成されました。
そして、城もです。島津時代には、縮小されました。
佐土原小は外堀のなかに立てられた藩校でした。
すこし詳しく、ニュース欄で
もっと詳しくは、資料館へ、足を運んでください。
我々のルーツは、どちらなのでしょうか。

前へ               ⇔               次へ