歩み4


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目次

No49 投稿鉄人 03/2/3
No48 野火焼き 03/1/26
No47 電話 03/1/22
No46 金丸堰その後 03/1/13
No45 1周年 03/1/5
No44 氏神様祭 03/1/1
No43 上江座 02/12/24
No42 新連載かな? 02/12/15
No41 年末が、やってきた 02/12/08
No40 ハリーポッター 02/12/01

No49 投稿鉄人 03/2/3

今回は、2人の投稿鉄人が、参加してくれました
うれしいですね
いずれも遠地の話題になりました
atuさんは、遠く高千穂まで足をのばしてくれました
何回か取り上げた、佐土原と縁が深い高千穂です
いったい、どんな感じの場所なのでしょう
歴史を感じながらの露天風呂とは???
推測は、つのるばかりです

ひょうきんぼさんは、大分からのレポートです
できたら、シリーズものにしたいと考えているようです
楽しみですね
行った者にしかわからない大分の雰囲気をうまく捉えています
今回も大作です。2回に分けて掲載します

多くは、語りません
今回は、お二人にお任せしたいと思います

宮崎は、梅が、咲き始めました
前回言いました野火焼きは、途中から雨になりました
半分終わって後は、延期になりました
インフルエンザのうわさも耳にします
季節のかわり目です
体に気をつけて頑張りましょう

No48 野火焼き 03/1/26

野火焼きをしたことが、ありますか
来週は、野火焼きの予定です
早いものでもうすぐ2月・・・
例年この時期野火焼きをします
空気が、乾燥して雨の日も少ないからでしょう
田畑の害虫駆除のためにするそうです
灰は、肥料にもなるそうです
私には、子供のころの野火焼きの記憶は、あまりありません
火は子供には、危ないものです
親達が近づけなかったのかもしれません
つい最近野火焼きに参加させてもらうようになりました
予定していても雨が降ったり、風が強すぎると中止です
雨は、わかりますが風はちょっと意味がわかりませんよね
実は、風は、怖いものらしいです
人家の近くまで燃やします
ですから火をつけるよりも消す方が難しいのだそうです
その日は、消防車がでます
消防署の許可が下りなければ野火焼きを行うことはできないそうです
火は風下から付けて行きます
一度に焼いてしまわないと虫が逃げてしまいます
大勢で火を見張りながら焼いていきます
焼くのは、面白いですが、消すのは、大変です
色々指図を受けながら 焼いていきます
家の近くや大きな枯草を焼く時は、さすがに怖いです
この辺は、経験者の指示通りにしないと危ないです
昔は、山を開く時にも焼いたそうです
今は、山に戻った畑を見かけます
山をも開いて田畑に変えていった情熱は、どこに行ったのでしょう
寂しさを禁じえません

No47 電話 03/1/22

皆さんは、苦手のものは、ありますか
私は、電話が苦手です
ただ単に田舎者だからかもしれませんが・・・
どうも、電話コンプレックスからぬけでれません

今回は、「佐土原からの電話」という歌が、届きました
誰からだと思いますか
正月の田舎の友人からの電話のようです
懐かしい言葉が、次から次にでてきます
さて、どんな会話を聞けるのでしょう
「広場」の方に載せました
ちょっと、長編です
1度に発表したほうが、よい内容のようです
でも、速さのほうが、大事だと思いました
今回は、半分だけです
こんな友達なら電話で話すのも楽しいでしょうね
佐土原弁も、文章にするとこんな風になるのですね
ちょっとした発見でした
ぜひ、読んでみてくださいね

私の方は、データーの整理をしています
ページの都合で載せられなかった写真等をこの機会にと思っています
これが、結構大変です
整理するためのプログラムから作り直しています
以前発表したメモ帖を全面的に書き直しています
フリーソフトの良いのもあるようです
でも、使い方を覚えるのがたいへんですね

そういう訳で、今回も少しのアップになりました。すみません
それでは、また

古池に
とめたるふねと
かもたちに
降りかかりたる
こがねのこずえ

No46 金丸堰その後 03/1/13

今回は、うれしいことが、ありました
金丸堰(かねまるぜき)を覚えていますか
いつか、この場で紹介したことがあります
覚えている人も、いない人も一度案内マップを覗いてください
上部中央にあります
そこから、一ッ瀬川の両岸をずっと灌漑しています
その広さを見ると、あらためて、その影響の大きさに驚きます

ひょうきんぼさんが、調べてくれました
「日向郷土史」で見つけたそうです
ありがたいですね
難しそうな本です
文章を抜き書きして送ってくれました
それをわかる範囲で箇条書きにしてみました
金丸堰は、児湯郡新田村字栗唐瀬(一瀬川)に横たわる一大堰堤である
その左右両岸に延長する水路によって面積約四百町歩の水田を潤している
明治三年、新田村柳瀬の人、金丸惣八によって創業された。(1870年)
その金丸惣八は、文政八年五月、新田村に生まれた(1825年)
佐土原藩士であった
頭脳がよく、胆力もあり、特に算数に長じていた
殖産興業に優れた識見を有していた
弘化四年、藩の井戸方附役を命ぜられた(1847年)
安政二年、井手方、里山方となる(1855年)
同三年には島津又十郎附役人となった(1856年)
家老に従いて、東北、東海、幾内、南海、山陽、西九州等の藩政を視察する
水利開田の最大急務なるを痛感し藩庁(佐土原)に水利開田の急務を建言した
新田村栗唐瀬に堰堤を築き、一ッ瀬川の水を引いて灌漑する計画を樹る
自ら工事を監督して完成させる
養蚕、製糖、樟脳製造等も営みて範を示した
産業界に尽した功績は大なるものがあった
明治四十一年没す。年七十四であった(1908年)
どんな感じの人だったのでしょう
エピソードは、のこっていないのでしょうか

No45 1周年 03/1/5

明けましておめでとうございます
昨年は、色々とありがとうございました
ところで、なんの1周年だと思いますか
わかる人には、わかりますよね
・・わからない人は、アルバムを見てくださいね・・
やっと、迎えることが、できました
年末に入り少し雑になりましたが・・・・・
すこしほっとした気分です
後、9年間です
いつのまにか、データーも、ふくらみました
始め、フロピー1枚に入りきっていました
今では、CDに入れています
10年間で、どれくらいになるでしょうか
少し整理しないと収拾が、つかなくなるかもしれません
忙しい1年でした
出会いが沢山あり、色々勉強した1年
別の自分を発見した年でもあったかもしれません
自分の視野の狭さを実感しました
正月は、少しゆっくりして英気を養いたいと思っています
今年も頑張ります
皆さんも体に気をつけて良いお年にしましょうね
それでは、本年もどうぞ、よろしくお願いします

さむかぜの
くもなきそらに
ふきければ
だいこんほしの
ときはきたれり

さむきよる
ほしだいこんの
なべかこみ
したづつみうつ
なつかしきかな

No44 氏神様祭 03/1/1

氏神様祭りを経験しました
前の日に締め縄を準備しました
左ないでなうのが本当らしい
しかしできないので普通のない方をしました
中央を太くするので加減がむずかしい
一度元になる縄を造りそれにもう一本ねじりながらかませて行きます
今年取れたわらを叩いてやわらかくしたものを使ます
約40分ほどかかりました
それを氏神様の社に飾りつけます
次の日に神主さんが、半紙を稲妻型に切ったものを2個取り付けます
当日は、米、塩、水、お神酒、赤飯の5品を盆に盛り付けて床神様に供えます
それぞれの神様には、榊を飾ります
氏神社の前には、神主様が、座れるように御座と座布団を用意します
70センチほどの竹を2本、玉具し用の榊を人数分と神様の数だけ準備します
普通、神様は、水の神、火の神の2つのようです
神事は、次のように進みます
神主さんは、まず竹を適当な長さに切り上部を半割にします
その間に半紙を加工したものをはさみます
床神様と氏神様社用の2本作ります
まず、床神にお払いをしてもらいます
このときわれわれも玉具し(お払いした榊)をそなえます
玉具しは、2礼2柏手1礼をもって行います
次にお供えを氏神社に移つし、同じようにします
その後水神。火の神のお払いをしてもらいます
最後に神主さんにお神酒を注いでもらいそれで、乾杯します
一度返杯して1杯戻してもらいます
神主さんが、帰った後お供えを下げ、その赤飯をいただきます
以上で、終わりです
かなり大変な準備でした
今までは、親達が、やっていました
初めての経験でした
このような、行事が、延々と伝わってきているのですね
聞くところによると、高千穂のお神楽も、氏神様祭りだそうです
ひょっとすると、同じながれの風習かもしれませんね

No43 上江座 02/12/24

「上江座」を聞いたことが、ありますか
「市川富三郎」(漢字は、違うかも・・)が、
一代で作り上げた歌舞伎座らしい
きょうは、ある高齢の方の話をお伝えします
一ッ瀬川近くの上江にあったそうです
明治始めころの話らしい
100ばあさんと呼ばれた人がいました
市川富三郎の奥さんだったそうです
子供にやさしくしてくれたらしい
それが、昭和はじめのころの記憶らしい
田畑や、家畜を沢山もっていて大きな屋敷に住んでいたそうだ
当時下田島一の成功者と言われていたらしい
富三郎は、貧しい家に生まれて小柄な人だったらしい
でも、舞台に立つと、芸がとてもうまく大きく見えたそうだ
身内を引き込んで旗揚げすると各地をまわり財をなしたそうだ
残念ながら「上江座」は富三郎の代で終わったらしい
今は、何もそれらしきものは、みあたらない
明治とという華々しい時代を象徴するような話だと思う
身分制度を抜け出した最初の佐土原人だったのかもしれません
もっと詳しく知りたいと思いました
でも子供のころのことであまり覚えていないそうです
そんな時代があったのですね
詳しく知ることができれば一つの小説が、できるかもしれませんね

No42 新連載かな? 02/12/15

ひょうきんぼさんからの投稿が、ありました
早速、載せさせてもらいました
大分で、佐土原ゆかりの小説をみつけたそうです
ひょうきんぼさんの文章は、いつも勉強になります
私も、だいぶ影響されました
佐土原を愛するためには、歴史を知るのが、一番です
そう思いませんか
いくら好きだと言っても
どこがいいのか説明できなくては説得力に欠けます
佐土原のよいところの一つに古い歴史あると思います
こればかりは、誰も取り上げることは、できません
そして、誰も追いつけないことだと思います
ふるさとのことを もっと!! もっと!! 知りたいですね
これからも、ひょうきんぼさんには、頑張って
色々教えてもらいたいものだと思います

No41 年末が、やってきた 02/12/08

本当に! いやな言葉です
師走とか年末とか聞くとなぜかそわそわしてきます
皆さんは、いかがですか
たくさん飲めていいという人も中にはいるでしょうね
年を重ねるごとそんなにたくさんは、ほしくなくなるようです
気の合った人たちと少し飲んで語りあえたらいいと思えてきます
もう、活力が、なくなってきたのでしょうか

ところで、このホームページも1周年を迎えます
あまり、変り映えのしないページでした
でも、量だけは、かなりのものに成りました
少し整理たいと思いつづけています
できたらマップや年表等にまとめられたらと・・・
しかし、能力と時間が、足りないようです
遅々として進みません・・・・
今回も、未完成ですが、すこしアップしたいと思います
間違いも沢山あるようです
ゼンリンもかなり古いデーターです
最新版だと著作権の問題もあるだろうと思いました
佐土原を調べるために利用するだけですので許してもらえるでしょう
地図を作る作業が大変だということを身にしみてしりました
・・・地図屋さんどうもありがとうございます・・・・

年末で公私に忙しくなってきました
今回も取り留めのない話になりました
できるだけ更新だけは続けて行きたいと思います
内容は、期待にそえそうにもありません
・・・・お許しを ・・・・・

No40 ハリーポッター 02/12/01

ハリーポッターの本が、宮崎にやってきた
ハリーポッターを知っていますか
前から名前は、聞いていました
本屋さんに顔をだしてみると
英語と日本語の本が、ならんでいました
都会の方では、もっと早いのかもしれません
今は、地方とそれほど差がないのでしょうか
大人から、子供まで楽しめると聞いていました
ちょっと読んで面白そうでしたので図書館で探しました
あいにく英語の本しかなくて辞書を片手に読みました
「アズカバンの囚人」の巻です
中学高学年ぐらいの英語力があればよめそうです
わからないところは、本屋で立ち読みしました
ごめんなさい・・・・
結構面白くて2週間ぐらいで読みきりました
内容をかいつまんで話すと小2の子も面白がります
文章が、簡潔で謎解きの要素もたくさんあります
西洋のお化けの知識も身につきます
日本と少し考え方が違っているのもたのしかったです
そういうわけで今回は、ページのアップが、遅れてしまいました
今案内地図を作るためのデーターつくりを手がけています
それも遅れ気味です
困った!!!

日だまりに
まどろみし日々
いまいずこ
行く歳月の
かえらざるかな

日だまりの
長くさしたる
家の中
浅き夢見し
我知らぬ間に

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