No149 久しぶり 8/12/6
年に1,2回の更新になってしまいました
自己嫌悪になってしまいます
お元気でしたか
続けられるか不安です
ちょっと時間ができましたのでアップします
これからは、こんな感じになりそうです
時間に追われると廻りが見えなくなるようです
日向大橋の拡張工事が始まっていました
穴倉生活していたようです
情報収集力が極端に落ちています
以前からあった話ですがいよいよ動きはじめました
美しい橋ですから形が変わるのがさびしい気がします
でも、今の交通渋滞ではしかたがなさそうです
あとは、新しくできる橋のデザインに期待しましょう
しばらく更新しない間にずいぶん佐土原もかわっています
農地整理がすすみ広い田んぼでの田植えもはじまっていす
怠慢でそれらを連絡できないのが申訳ありません
できるだけ更新していきたいとおもっています
ずいぶんと間があいてしまいました
4ヶ月近くです
お元気ですか
まだ忘れられていませんでしょうか
時間は大切ですね
どんなことも時間がなければできません
仕事は、もちろん、家族やもろもろにどんどん時間を削られます
今まで続けてこれたのが不思議に思えるこのごろです
時間がなければ何もできない
昔から大きな仕事をしてきた人たちはどうやって時間の都合をつけていのでしょう
不思議です
ようは、時間配分でしょう
今は、生きるほうに時間を取られすぎのように感じています
でも生きるのも大切ですよね
時々すべて投げ出したくなります
でも投げ出したらそれで終わりですよね
なんとかやりくりしていきましょう
今回は、道路の計画図が手に入ったのでアップしました
だいぶ縮小しましたので見づらいかも知れません
私たちが立ち止まっても世の中は勝手に変わってゆくようです
気長に見守っていこうと考えるようになりました
何歳のころのことでしょう
私は、東向きの部屋にねていました
まだ、自我の固まる以前
そう、神々が混沌から秩序を生み出す以前のような
そんなかすみの中に覚えているものがあります
雨戸を締め切った暗い部屋
そこに差し込む数条の細い光
雲間から差す木漏れ日のように・・・
外では、すずめが鳴いていたかもしれません
でも、記憶に残るのは、その光だけです
板戸を抜けてやってきた朝日の輝き
自我も持たない心が何を感じたのでしょう
その記憶が懐かしさ呼び起こします
ガラス窓の珍しかったあのころ
カーテンからの光とは、全然ちがった物でした
自然の神々が生き生きと輝いていたように思えます
いつ頃板戸はなくなったのでしょう
金属の窓に変ってしまいました
もう、あの光を見ることはないのかもしれません・・
めざめれば
板戸をとおす
数条の
神をあらわす
恵みのひかり
美しき
朝をつたえる
陽の光
板戸をすかし
我にいたりぬ
ずいぶんと遅れてしまいました
機械を立ち上げる時間もなかなか取れません
今回も少ししかアップできそうにありません
世間では、台風・選挙と騒がしいようです
でも私は、今を生きるのがやっとのようです
これでは、いけませんね
時代についてゆかなければ・・・
懐かしいものを見たいなと思うことがあります
出会えそうで出会えない
探すほどでもない
そして、忙しさにいつのまにか忘れてしまいます
そんなものがいくつかあります
その一つが、軒瓦から落ちる雨垂れです
帰り道、雨に降られて雨宿り
軒から落ちる滝のような水を手に受けて時間をつぶました
最初は、暑く・・しばらくすると冷たくなりました
瓦の持った太陽熱が、ひいていくのを楽しみました・・・
時には、縁側に寝転がり、水の落ちるのをながめていました
あきもせずに・・・
いつも静かでした・・・
やがて、流れは、しずくになりました
ポツン、ポツンとかぞえられるようになりました
明るくなりはじめた空の光を受けて輝いていました
そのしずくは、本当にきれいでした・・・・
今は、どの家にも軒樋がついています
雨だれに出会うこともなくなりました
あの感覚を、もう味わえないのでしょうか
私が、大人になったからかもしれません
子供にもどれば感じることができるのかもしれません・・・
時々あのころに戻れたらと思います
しずけさや
雨をあつめし
軒だれに
手を差し伸べて
ひとりたわむる
美しき
時の流れを
つかむ時
軒の雨粒
ひかりておつる
物語は、子供の読み物
小説は、ちょっと大人の読み物
と思っていました
皆さんは、どうでか
子供の本を探していて図書館に通っていました
ところが親が物語に夢中になっています
昔読んだ本も子供向けに書いてあると一気に読めます
数ヶ月掛けて読んだ古典が、1日で読めたりします
新作物にも興味深いものがあります
ついつい引き込まれて夜更かししてしまいます
物語は、いかにもありえない設定がおおいです
空を飛んだり、怪物が、出てきたりします
じっくり考えるとばかげた話だなとわかります
でも、読んでいるうちは、夢中です
自分が、これほど、だまされやすい性格だとは、知りませんでした
少しの疑問も思い浮かびません
子供の本と思って馬鹿にしているととんでもありません
よくこれほど登場人物を生き生きと表現できるものだと感心します
一人や二人では、ありません
物によっては、数十人も登場します
これを一人の作者が行動させてつじつまを合わせるのですから驚きです
もっとも中には、数人で共同してつくっている物もあるようです
意見を出し合ってこなれているせいか面白いものが多いようです
3人寄れば文殊の知恵ですか
少し文章をまねて生き生きとしたホームページにしたいものです
などと、理屈をこねて恥ずかしげもなく時間をむだにしています
無駄とわかっていてもしてしまうのが道草のようです
最近富に意志が弱くなりました
しょうもない本を夜遅くまで読んだり
テレビを見てごろごろしたり
わけもわからないことに頭を悩ましたり
しなければならないことは、山ほどあるような気がします
それでも、やめられないのが人の弱さでしょうか
私だけでしょうか
道草も極めればたいしたものです
スポーツや芸術は、どう考えても道草です
生きていくために必要なものとは、思えません
私も普通に、一生懸命に生活しているつもりです
でも冒険し。道草をした一部の人が、多くの尊敬を得る気がします
不思議ですね
人は、生活の臭いのしない人生にあこがれるものなのでしょうか
考えてみれば道草が今の文明を作ったのかも知れませんね
私たちが子供のころには、考えられないような仕事が、脚光を浴びています
お米を作ってくれるお百姓さんが、尊敬を集める時代は、もうこないのでしょうか
「新しき村」を作った思想は、もう死んだのでしょうか
いつのまにか大人になり生活のことばかり考えてます
本当のわたしはどちらでしょう
道草の言い訳を考える今日このごろです
新年早々敗北宣言です
長い休憩でした
昨年11月以来です
休むと気力が涌いてくると思いきや逆のようでした
若いころは、敗北という言葉は、縁遠い言葉に思えました
もう一度やり直せばいい
別な道もあるだろう
努力が、足りなかったかな
そのうち芽がでることもあるだろう
などと・・・
何らかの希望で気持ちを支えてきました
ある年齢になると、悟るものなのでしょうか
ここらが、自分の限界かな・・と
成功した方かな・・・失敗した方かな・・と
スポーツ選手などに現役を退く場面をよく見かけます
最近、その気持ちが、すこしわかってきたように思えます
図書館へいきました
佐土原の本が集めたコーナーが、できてました
すごい人が、いるものですね
よくこんなに調べるものだと感心しました
インターネットを開くと
すばらしい年表がある
すばらしい地図がある
すごいですよね
私たちは、なにをすればよいのでしょう
道を見失いそうですね
今年は、もう一度道を確かめたいものです
明けましておめでとうございます
昨年中は、どうもありがとうございました
本年もどうそよろしくお願いいたします
2007年
鬼子母神様前から 御挨拶申し上げます
気づいてみると、もうすぐ、丸5年を迎えます
しかし生活環境が、だいぶかわってしましました
HPを作る時間が、なくなっていきています
歳をとるのは、とうぜんです
子供も大きくなりました
当時珍しかったHPも今は、ふるくさくなりました
ブログとか言うものが、全盛だそうです
検索サイトには、ブログ専用のブロックがあります
あまり、ホームページとの境界は、ないようです
ブログは、そうとう、書き込みが楽なようです
掲示板をブログに移動したらなどと考えています
このページは、データーが、色々入り組んでいます
引越しは、少しむずがしそうです
でも、時代が要求すれば変わらなければ・・・
少し勉強してみようかとおもっています
ところで、あと半分の道のりをどう乗り越えてゆくか
それが、問題です
もう、自分だけで、資料をあつめ掲示するだけでは、
色んな意味で限界のような気が、します
少し悩んで行かなければいけないようです
できれば、意味があるものしたいものですね
体力を低下させるのは、簡単でした
数ヶ月机に座っての仕事を続けました
見る見るうちに体力が、落ちていきました
会社では、立っている時間は、1時間もありません
通勤は、車
帰ると畳でごろごろ
するとどうなったでしょう・・・
走るどころか、立っているのも、おっくうになりました
別に太っているというほどでは、ありません
でも、面倒なのです
1時間おきに屈伸運動でもと思っています
実は、以前は、意識的に立って仕事をしていました
しかし、だんだん怠け心がでてきました
1度楽すると元に戻すのは、至難の技です
引戻す力は、どこから来るのでしょうか
体力でしょうか
その体力が低下するのですから、しかたがありません
悪循環です
強制されるか、病気にでもならなければだめでしょうか
せめて、子供と、かけっこぐらいはしたいのですが・・・
皆さんは、どのようにして体力を維持していますか
農作業や台風などは、こちらの都合を考えてくれません
それを考えると心配です
日ごろの鍛錬が、大事ですね
年齢も考えます
何歳ぐらいまで、気力が、続くものでしょうか
落ち込みそうです
がんばりましょうね
とうとう、月を超えてしまいました
内容も、低下の一方です
すみません
知っていましたか
驚きました
今の男用水泳パンツは、半ズボンみたいです
シーガイアに行ってきました
ここは、宮崎の代名詞になっているようです
初めて行ったといったら笑われそうです
まあ、この年になって泳ぐのも恥ずかしい
そんな気持ちが、あったのでしょうか
中は、遊園地でした
水着を着て遊ぶところです
水は、塩辛くありませんでした
(考えてみれば塩水だと錆びてしまいますよね)
人が、多すぎて本格的におよぐのには、ちょっと不向き??
(お盆で、特に多かったのかもしれないですが)
金銭的にはひところに比べるとだいぶ安くなっているようです
途中で、屋根が開いて上から日がさしました
その日差しの中に入ると急にあつくなります
外の暑さを感じます
室内は、快適な温度にたもたれています
ビーチパラソルは、いりません
一日中汗もかかずに遊べて食べられます
考えて見れば、安いレークレーションかも知れません
千円のフリーパス券を買うと1日、自由に遊べます
私は、泳がずに寝入ってしまいました
やっぱ、もったいないかな????
ところで、水着です
男子のは三角形のものでしたよね
70年代にトランクスタイプが、流行し始めたように思います
当時、はずかしかった記憶が、あります
今は、ヒザぐらいまである半ズボンをはいていました
昔の映画に出てくる女性の水着みたいだなとおもいました
感覚がふるいですね
女性はと言うとほとんどビキニばかりです
いやはや圧倒されます
時代についていくのはたいへんですね
疲れました
今回は、8月ぎりぎりでした
皆さんは、都会と田舎との違いは、なんだと思いますか
色々あると思います
最近、道具ではないかと思いはじめました
都会生活では、ほとんど道具を必要としませんでした
独身だったせいかもしれませんが
ドライバーとペンチをもっていればことたりた気がします
田舎ではそうはいきません
もっとも高価な道具は、車でしょうか
車がなければ生活が成り立ちません
私たちの子供のころは、車もそんなに多くなかったと思います
それでもそれほど不便を感じませんでした
今は、皆持っています
なくては、仕事ができません
自転車、鎌、剪定はさみ、草刈機、マッチ、のこ、ハンマー、くぎ抜き、はしご、脚立等々
これが、農家になると稲刈り機、田植え機、トラクター、乾燥機等の農業機械も必要です
どの道具もよく工夫されています
また、大切に扱われています
これらの道具なしでは、すごく不便な生活をよぎなくされます
つまり、簡単なものは、自分で処理しなければならないということです
面白いような、大変なような ????
あなたは、どちらの生活が好きですか
天候は、悪くなかった
でも、海は、波が高く荒れていた
どこかで、台風が、起こっているのかも知れない
定刻に飛びたった飛行機は、黒い雲を通りぬけた
そこは、青空だった
雲は、綿の海のようだった
しばらく雲の上を飛ぶと、さらに上空に雲が、現れた
ほうきではいたような薄い雲だった
上下の雲にはさまれて、気持ち良く空の旅を楽しんだ
福岡は、快晴だった
右手に市外を見下ろしながら福岡湾を通りすぎた
下に着陸体勢に入った飛行機とすれ違った
海面すれすれを飛んでいるおもちゃのようにみえた
我々も、180度回頭して、あとに続いた
着陸は、朝日に向かって行われた
マッチ箱のように見えていた家々が、模型のようになった
そして、木々が、現実味を帯びて見えて来たころ軽いショックを覚えた
地面と接触したようだった
以前書いた文章が残っていました
初めての経験で印象深かったのだと思います
恥ずかしながら、つなぎに乗せます
忙しくて文章を考える時間がありません
ごめんなさい
早く生活を軌道にのせたいです
変化は、やってきます
知らないうちに
自分の世界に閉じこもっていると
思わぬ時に落し穴に落ちるようです
そんな経験は有りませんか
世の中に目を向けなければいけません
自分は、変わらないと考えていると
恥をかくのもしかたありません
*** ほおっておてください! ***
でも世間は、ほおっていてくれません
次から次へと問題を生産します
山の中に引きこもりたい気分です
更新が、1月を越えるようになってしまいました
残り2000日を目前にして残念です
まだ、道半ばにも達していません
何とか時間を作って続けたいです
それで、とりあえずアップします
ごめんなさい
輝きて
緑に浮かぶ
山桜
しばしの春を
ひとり歌えり
満月に
かわずの声の
しげき中
わが田をめぐり
時をわすれぬ
人は、なぜ思い悩むのでしょう
春というのに思い沈むこのごろです
人生80年
長くて100年
何かをしようとすると短すぎます
ただ、楽しく暮らすのもつまらない
悩み続けて終わるのも寂しい
見栄を張ってもむなしい
毎日忙しく過ぎていきます
無意味なことに時間を使うのは、死ぬほどつらい
どんなことが、大切なことなのでしょう
人生の目標が、定まりません
このページも何かの役にたつのでしょうか
先々後悔するのでは???
悩みは、尽きません
でも、このまま死んでもつまりません
早く立ち直らなくては、いけません
生きていれば、反省することもできるでしょう
だれかが、つまらない人生を参考にしてくれるかもしれません
もともと人生に意味などないのかもしれません
眠る田に
ひたひた満て
生命の
水はきたりぬ
春風つれて
とうとう更新間隔が1月を越えるようになっていしまいました
申し訳ありません
公私に問題が、山積みしています
オリンピックの話で盛りあがっています
中でも、フィギュアの金が、すごいですね
やっぱ、芸術性が、ずば抜けていましたよね
採点方法とプログラム組み立て方を説明していました
勝つために苦労をしているのですね
芸術性は、なかなか点に結びつかないのだそうです
4分間の中にいくら高得点の技をいれるかの競争にみえました
その結果、遊びが少なくなくなったのでないでしょうか
芸術は、遊びの部分がおおきいです
その中にあって、荒川選手は、自分のこだわりをもって望でいるようにおもえました
あの、4分間の演技の中にもやはり、理由があるのですね
理由が、あり、原因があるのだなと思いました
ところで、前回更新したゼンリンのページがうまく表示しなかったのに気づきましたか
実は、原因がわからずに悩んでいました
自分の機械の中ではうまく表示します
しかしアップするとエラーになります
ファイルの名前が、大文字になっていました
変換するときに半数近くが、HTMになったようです
機械はうまく処理するけれど、wwwは、だめなのですね
つまらないことですが、これも原因です
小さな原因の積み重ねが大きな結果につながるのでは、と思いました
目に痛い
登る朝日の
輝きに
向かいて走る
ふるさとの道
1月29日に合併後の初の市長選挙が行われます
政治の話題は、あまり記載しないようにしてきました
でも今回は、前佐土原町長の戸敷さんも、出馬します
その演説会を聞く機会がありました
久しぶりの政策を立てての市長選になりそうです
50万都市を誓約にしています
政治家は、夢を掲げる人といわれます
その意味では、なかなかのスローガンだと思います
現市長は今の34万くらいが良いという意見だそうです
知名度が、低い割には、人を集めている戸敷さんです
人に夢を感染させる力を持たれる方のようです
もしも、戸敷さんが、市長になるようなことがあれば
宮崎も捨てたものではないなという気がします
贔屓ではなく政策で選んだとおもえるからです
意見を戦わすことを、好まない県民性だとおもっていました
政治的に成長して、意見を県民に問うまでになったのではと思います
良いも悪いも合併は、新しい風を起こしたようです
この先の宮崎が楽しみです
あけぼのが
色づく空に
落葉の
浮き出る小枝
影絵のごとし
ゼンリンを修正しました
今ひとつ使いにくかったので
上下左右に移動できるようにしました
もう少し改善してゆくつもりです
利用してください
今年は、佐土原神社から新年の御挨拶を申し上げます・・・・
切り通し
星空抜けて
来てみれば
見下ろす町は
ともしびの海
本年もどうぞよろしくお願い致します
とうとうやってきました
来年から、宮崎市佐土原町になります
このページも宮崎郡での最後のアップになるでしょう
具体的になにがかわるのかよくわかりません
今まで、宮崎郡は、ゆるいまとまりだったのでしょう
それぞれに議会をもっていたのですから
町議会が、なくなって宮崎市議会に吸収されます
これからは、市議会に参加しなければなりません
いろいろと戸惑うこともおおいでしょう
いままで、郡大会だったものが市大会になります
清武町や田野町との試合も減ってくるでしょう
すこし寂しい気もします
でも変化は活性化の糸口です
新しい佐土原の存在意義を早く見つけていきたいものですね
考えてみれば鹿児島県だったことも美々津県だったこともあります
名前に振り回されずにこれまでどうりの自分を忘れずに頑張りたいですね
もうすぐ、平成18年です
平成って変な年号とおもっていました
でも、もう慣れてしまいました
きっと宮崎市佐土原が、あたりまえに感じる時がくるのでしょう
それが人なのでしょう
あまり、言うと年寄りのたわごとに聞こえますね・・・・
寒き朝
車走らす
切り通し
遠き山の端
朝日が昇る
それでは、また
来年もよい年でありますように
なにがでしょう????
佐土原小学校が、180周年を迎えます
今月27日に記念式典を予定されているそうです
創立は、1825年11月2日だと記憶しています
180年は、どれくらいの長さでしょう
毎年100人が入学してくると、1万8千人が、学んできたことになります
私は、18000のうちの一人なのですね
意外と少ない気もします
日本人だけでも、1億以上います
同級生となる確率は、30÷1億で300万分の1ぐらいでしょうか
全世界で考えると60億として2億分の1になります
本当に、偶然もいいところですね
ここで、少し気になって人口を調べてみました
今は、インターネットで、簡単に調べられます
すごい世の中です
驚きました
大正時代には、人口5千万ぐらいだったそうです
1億を突破したのは、昭和42年のようです
50年くらいで2倍
急激に人口が、増えたのですね
ちなみに宮崎は、大正が、65万で、昭和42年ごろは、100万です
だいたい、日本人口の100の1前後で推移しているようです
データーを調べるのは、いろいろと、興味深いです
だいぶ、話が、ずれました
それでも、180年は、長いとおもわれます
100年とか130年は、ときに耳にしますが・・・・
ほとんどの小学校は、明治からです
もっと、誇りに、していい年数では???
佐土原町のホームページにでも、掲載してくれるとよいのですが・・
ホームページといえば、佐小のホームページが、できているのですね
まだ、未完成のようですが、これからが、楽しみです
左にリンクを作りました
頑張ってほしいですね
屋根とびて
直す人なき
古家の
朽ちる速さの
寂しかるかな
稲かぶに
シートを敷きて
酌み交わし
青天井の
恵み楽しむ
新館を作りました
内容は、今のところほとんど同じです
新館の旧館と違いは、
コマーシャルの表示が、ないこと
容量の制限があること
それにCGIなどのプログラム言語が、つかえません
ですから、またカウンターも1から開始です
宣伝の文字が出ないのは魅力ですね
サーバーを樹立しようと思っていましたが、
やってみる維持するのが、結構面倒です
ずっと電源を入れつづけるのは、費用面でも労力的にも大変でした
結局サーバーは、今、ほとんど稼動していません
残念やら恥ずかしいやらです
だれも、期待は、していなかったでしょうが・・・・
でも、約束を破ることになって心苦しいです
とにかく、とりあえずということで・・・
すこしずつ、新館と旧館を変えていきたいと思います
宮崎も、とうとう、朝晩が、寒くなってきました
昼間は、まだ暑いです
その辺が、体調を崩しやすい時期のようです
今回は、台風災害の修理やその他であまりアップできませんでした
ごめんなさい
次回頑張ります
情報とは、求めないと、なかなか手にいらないもののようです
今回の台風は、たいしたことはなかったなという最初の印象でした
屋根が飛んだり大木が倒れたりする台風を沢山見てきています
でも、今年の14号は、いつもと違っていたようです
長い時間大雨を降らしました
所によっては、竜巻で少なからずの被害をこうむっています
でも、最大の被害は、水害でしょう
病院等が、1階分丸ごと水につかったといいます
見に行けばそれなりの情報が手に入ったのでしょう
生来の無頓着の上に衆議院選挙の最中、仕事も立込んでいました
相当ひどい被害が出ているとは時々耳にしました
これほどのこととは、思っていませんでした
いまだに断水が、続いているところもあるそうです
病院などは、機材が、水につかりいつ復旧するかわからないそうです
水害は、復旧に時間が掛かるものなのですね
家も車も水に飲まれて手のつけようがなかったそうです
数キロ離れたところの情報も耳を傾けなければ届きません
今ごろになって近しい人たちの話を聞いてびっくりしています
テレビも選挙が忙しく被害状況を流すのが遅れた気がします
今ごろ被害にあった人たちの撮ったビデオ等を流しています
それとも、災害を伝える情報網が不足しているのでしょうか
パンとあたればピンと反応するスピードに欠けているのでしょうか
早く知ったからといってどうなったものでもありせん
私には、何もする力は、ありません
ただ、同じ県民の苦しみを少しも知らなかったことに後悔を覚えます
知らないうちに多くの人が苦しんでいるのかも知れませんね
どうできるものでもありません
しかし、寂しい気がします
風習は、どのようにしてできたのでしょう
周りの人の多くがすることが、風習です
そして、佐土原は、風習の沢山残っている所のようです
頑固なのでしょうか、歴史が長いせいでしょうか
風習を守ることは、かなり大変です
一昔前ならそうでもなかったでしょう
人も多かったし、同じような仕事をしていました
しかし、生活様式が、かわりました
教育も変わりました
風習を維持することが、困難になっているようです
たとえば農家に育った人が、サラリーマンになっています
その人が、農家の風習を維持できるでしょうか
身近にあった、お供え物も今では、買わなければなりません
藁さえ手に入れることが大変です
農家も自給自足からお金で経営する生活に変わっています
昔の農家には、いろんな道具がありましった
いろんな物を作っていました
それが、商売になるものしか作らなくなりました
お盆の風習をどれくらい実行していますか
墓に参り花を飾る
仏様にお供え物をし食事をあげる
盆踊りを舞う
殺生をしない、生物を食べない
16日の朝早く仏様をお送り出す
などなど
どうでした
特定日にこれらのことをする意味はわかりません
だれが、お盆に仏様が、帰って来ると考えたのでしょう
風習を維持することにどれだけの意味があるのでしょう
短い人生を考えると辛いところです
それでも、風習を維持しようと頑張ってる人がいます
難しい問題ですね
私の頭では解決しないようです
能力が、ないのでしょう
年表の整理を始めました
大きな出来事はインターネットで、調べることができました
ところが、佐土原の出来事は、見つかりません
思い出そうとしましたが、だめでした
つい、2,3年前のことも覚えていません
以外に役に立ったのが、掲示板です
日付がのこっていますからね
ひょうきんたろさんの情報で、だいぶたすかりました
写真をみても、いつ頃のことか、思い出せません
最初のころは、できごとよりも残っているものを探して歩きました
そのせいで、出来事の記録が、すくないのかもしれません
それでも、去年2004年は、事件の多かった年のようです
何とか欄をうめました
その他の年が、全然思いつきません
どなたか思い当たる事件があれば掲示板にでも寄せてください
もっと、時事に興味をもたないといけないとおもいました
過ぎたるは
たが年月ぞ
平等に
あるといえども
使うはかたし
驚きました
今の携帯電話は、すごい機能を持ってるのですね
中古の携帯をもらいました
1年ほど前のタイプだそうです
大体1年ほどで新しい型に乗り換える人が多いそうです
つまり、1年ほどでリサイクルに廻されます
まとめてメーカーに引取ってもらうのだそうです
処分の手間だけ面倒な品なのだそうです
ですから、頼めばただで分けてもらえます
車のバッテリーもほぼ同じようです
もったいないですね
携帯は、電話の機能がなくても結構使い道があります
一番役に立つのがバッテリーです
ちょっとした工作物には、もってこいです
次に、メモ機能です
パソコンとの連携を考えるとSDに落とせるタイプがよいです
写真を撮ったり、声を保存したりしてメモ代わりにします
スケジュール機能も見逃せません
期携帯端末のザウルスが、はやった事がありました
当時5万ほどしていたと思います
それに勝る機能があります
それが、ただとは、信じられません
これで、よいのでしょうか
でも、世の中とは、こんなものなのかも知れません
そんなに差はないのに1番と2番は全然違うようです
ほんの少しの差で売れたり売れなかったりするのでしょう
ほんの少しの差で成功したり失敗したり
本当に人生は、理不尽ですね
今回は、案内図の編集に時間をかけました
前々から思っていました
案内図の作り方に行き詰まっていました
地図の大きさにデーター量が、乗り切りません
地図を2枚にすることにしました
城下町部分を抜き出しました
佐小付近をクリックすると別のベージが開きます
分類項目もリスト化しました
このほうが、編集が、簡単だからです
地図との関連は、番号を振ろうかと考えています
もっとも今回は、分類しただけです
分類もただ分けただけといったところです
少しデーターを捨てて行かないといけないなと感じています
でも、なかなか愛着があって捨てられません
編集は推敲と似ていますね
無駄を省いてすっきりしないといけません
少しずつ修正していこうと考えています
まずしかる
金ではあらじ
この土は
生きれるものの
みなもとなるを
継続は、難しいことと思っていました
でも、これほどとは、思いませんでした
1ヶ月間隔が定着しそうです
せめて、月に2度くらいはと思っています
目標の10年も約3分の1を消化しました
すこし、疲れが出ているのでしょうか
資料は、何とか集めるられるようです
しかし、それをアップする時間を取れなくなってきています
色々な邪魔が、入ります
回りに、何も起こらなければどんなにか楽だろうと思います
時々無人島に行きたくなります
今思うと、子供のころは、なんて時間があったのでしょう
ボーッとしていることができました
むしろ退屈だと贅沢なことを考えていたこともあった気がします
あのころに戻れたらどんなによいでしょう・・・
今は、時間に追いかけられる毎日です
あれも、したい
これもしなければならない
本当に、きりがありません
皆さんは、どうでしょう
年をとるほど、残りが少ないとあせるのでしょうか
自分を見失わないように急ぎたいものですね
風邪とインフルエンザは、違うのだそうです
温暖の差が激しかったのでしょうか
風邪をひいてしまいました
いつまでもセキや鼻水が、出ます
かれこれ、1ヶ月弱続いています
途中で、あきらめて病院へいきました
患者さんが、たくさんいました
ほとんど風邪のようでした
マスクをしたりゴホゴホとせきをしたりしていました
私の番が、来ました
インフルエンザかどうか調べますと言われました
鼻に試験薬を入れられました
20分ほどで結果が、でました
インフルエンザではなかったそうです
4日間の薬をもらってかえりました
しかし4日たっても直りません
ここで、ハタと考え付きました
インフルエンザと風邪が違うものだとします
その病院でインフルエンザをもらったのでは?と
確かに寝込むほどではありません
でも、調子が出ないのも事実
もう一度病院へ行くべきか悩んでいます
そこで、病院へ行くときの心得
ほかの人にできるだけ近づかないようにしましょう
帰ったら手洗いとうがいをしましょう
私は、そのどちらもしなかったような気が???
後悔先にたたず !
私には、もうすぐ、少し遅れの花粉症が、やってきます
いまから、落ち込みそうです
今年は、のりきれるでしょうか ??
年をとると、あまり驚かなくなると思っていました
私は、変わっているのでしょうか
驚くことばかりです
いままで、視野が狭かったせいでしょうか
普通のひとには、当たり前のことなのかもしれません
めったに聞かないFMラジオをかけました
驚いたことに、延々と曲を流し続ける番組がありました
ナレーションもなければ、誰が歌っているかの説明もありません
最初、安上がりな番組だなと思いました
でも、よく考えると不思議に思いました
いつ、レコードを入れ替えているのだろうと・・・
いやあ! 遅れていました !!!
今は、音楽をポケットに入れて持ち運ぶ時代なのですね
電気屋さんでライターサイズのプレーイヤーを見ました
数100曲を保存して持ち運べるそうです
考えてみれば、コンピューターで編集する時代です
音楽と聞いてレコードを思い浮かべることが時代遅れですよね
しかし、数100とは、驚きです
世の中にそんなに曲があるのかと思うくらいです
昔と比べると本当に音楽が身近になったと思いませんか
若い人が音感がよいのも当たりまえのような気がします
最近よく昔と比べるようになりました
年をとってきたことなのだと思います
大人らしい年寄りになりたかったです
でも、この世の中驚かずには、いられないようです
こんな時代に生まれたのもまた運命でしょうか
それでも、生きていかなければいけません
少しは、情報網を発達させないといけないなと思うこのごろですく
外は、春雨
今日は、寒いです
年が明けてから、寒い日が続きます
今日の野焼きは、中止になりました
来週に延期です
時は、めぐり、季節も巡ります
変わらぬようでも、少し違う
すこし、年をとった、わたし、隣人たち
すこし、成長した子供たち、生き物たち
気づかないような変化・・・
インターネットで情報が、かけめぐります
情報が、集積され、文明は、進歩を続けます
季節を無視して、自然や人を無視して・・・
怖いような、寂しいような
私は、どこへ、ゆけばいいのでしょう
今年も、目標をさがします
たぶん、来年も
たぶん、生きている限り・・・
今年の目標を、
「無理をしない」
にしました
どう、生きるも一生
ここらで、人生を振り返るのもまたよからずや
といった心境です
進路変更も、間に合うかもしれません
机には
仕事をおきて
ただ眠く
だだよこたわる
畳の上に